刑事事件コラム(刑事弁護)
刑事告訴ではなく民事裁判へ
悪口を言われた、誹謗中傷されたなどの被害を受けた方から、名誉棄損で刑事告訴をしたいです、というご相談をお受けすることがよくあります。
刑事上の「罪」が成立するには構成要件が厳しく定められています。
「名誉棄損」も構成要件が厳しいため、お話を詳しく伺うと、刑事上の名誉棄損が成立せず、刑事事件としての立件が難しいので告訴することはできません、とお答えする場合があります。
ここで、刑事上の名誉棄損が成立するためには、何が必要なのかをご説明します。
① 公然と
② 事実を適示し
③ 人の名誉を棄損
④ ただし、事実が真実かどうかは問わない
以上の4つの要件に当たる事実が認められることが必要です。
順に見ていきましょう。
① 『公然と』とは、不特定又は多数の人に対して公開するということです。ですから、少数の人しかいない場で何を言っても、この要件が欠けることになります。ただし、少数の人であっても、広がる可能性が高いのであれば、この要件が認められることもあります。インターネットへの書き込みは、「不特定」と言えるので、この要件を満たすことに問題ありません。
② 『事実を適示し』とは、具体的な事実を示すということです。「性格が悪い」といった抽象的なことを言われたということでは足りません。微妙なのは、「人殺し」、「泥棒」という言葉です。それ自体は抽象的ですが、その前後の言葉を総合すると、具体的な事実を示していると言える場合もあるかもしれません。
③ 『人の名誉を棄損』とは、社会的評価を低下させる恐れがあるということです。実際に評価が低下したかどうかは問題となりません。ただし、プライドが傷つけられたということでは足りません。
④ 言われた内容がたとえ事実であっても、名誉棄損は成立します。例えば、「○○は、殺人罪で逮捕されたことがある。」とネットに書き込んだとします。これが本当のことであっても、名誉棄損は成立します。
4つの要件のうち、①と②が重要です。
①『不特定又は多数の人に対して公開する』②『具体的な事実を示す』についての証拠がないと処罰される可能性はないので、警察は告訴を受理しません。なぜなら、将来立件できないものを、やみくもに受理し、捜査などの為に警察官を割くことは警察力の無駄遣いになるからです。
この様な場合、警察では、「刑事告訴をするよりも、民事で訴えること」をアドバイスされることがあります。
当職も刑事告訴のご相談を受けた際に、「刑事事件にするには、構成要件が厳しいため、刑事事件としての立件が難しいので告訴することは難しい、しかし、民事事件では戦えますね、」とお話をすることがあります。
なぜ、刑事ではだめなものが、民事では戦えるのでしょうか。
それは、刑事と民事とでは、同じ「名誉棄損」であっても、成立要件が異なるからです。
民事では、前述した刑事上の名誉棄損成立要件のうち、②の『事実を適示し』について成立要件が緩くなっています。
民事では、『事実を摘示した』場合だけでなく、『意見ないし論評』であっても社会的評価が低下すれば名誉毀損による不法行為が成立します。
①、③、④は民事上でも同じですが、この②の要件の違いが大きいのです。
加えて、刑事では、故意つまり人の名誉を傷つけることを意図して行うことが必要ですが、民事では、「意図」まではなくても結果として名誉を傷つけてしまえば、責任を認められ不法行為が成立する可能性があります。
民事事件で戦う場合、民法第709条(不法行為)に基づいて損害賠償を求めることになります。その条文は以下のとおりです。
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第五章 不法行為
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
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